2016年8月18日木曜日

レビュー企画 第3回 高田斉ーーー『とまる。』書き留めの先人

第3回 高田斉ーーー『とまる。』書き留めの先人
 第 0回で明言したように、この「記憶の書き留め」は懐古主義を意図するものではない。温故知新の精神の下、演劇祭自身が親である沢大洋の手を離れ、自立して いくためのアイデンティティーの確立を意図している。できうる限り数多くの視点が必要である。そこで今回は、ここまでとは違った視点を取り入れるべく、演 劇フリーペーパー『とまる。』の代表を務めた高田斉氏に取材を申し入れた。彼は現在、東京に在住とのことでスカイプを通じてのインタビューになった(以 下、敬称略)。


季刊演劇情報フリーペーパー『とまる。』

 すでに第1回で述べたように、同フリーペーパーは京都演劇界において強い影響力を持っていた。『とまる。』は、如何にして刊行にいたったのだろうか。
 高 田が最初に疑問に思ったのは、動員数では測れない演劇の価値についてだった。自身が面白いと感じる演劇は、いわゆるエンタメ志向の作品ではなかったからで ある。社会や人間への深い洞察に裏打ちされ、見るものに新しい気付きをもたらしてくれる作品を彼は求めていた。そして、作品の持つ社会への洞察を明らかに する言葉がなければ、演劇が公共的な価値を持つことは出来ないと思っていた。
 彼が『とまる。』を発刊する契機になったのは、韓国では小劇 場が集まるストリートがあり、そこの情報を一つにまとめた冊子があるという話を聞いた時だった。高田は日本にも韓国の手法を取り入れ、京都の演劇情報を一 つにまとめて参照できるガイドブックを作ろうと思い立った。こうして『とまる。』の刊行は始まった。京都というコンパクトなまちなら情報の集約は可能だと 彼は考えた。大学4回生だった彼はまず身近な学生劇団の新歓公演を網羅し、まとめた。これから学生劇団に入ろうという大学1回生向けのものだった。『とま る。』は学生演劇の情報を一つにする試みからスタートしたのである。
 『とまる。』は2008年から2012年4月までの4年間、季刊で 15号に及んで続いた。第2号にはフルカラーになり、第3号では『tomaru.』から『とまる。』に変更された。当時の小劇場のメインストリームは「ア トリエ劇研」「ART COMPLEX 1928」だったと彼は思い返す。その中で「ART COMPLEX 1928」プロデューサー(当時)・高畠の応援は彼にとって単なるバックアップ以上の精神的支柱になったという。刊を重ねていく中で、少しずつ活動の支援 者が現れた。ART COMPLEX 1928をはじめ、アトリエ劇研、京都舞台芸術協会、KYOTO EXPERIMENT、京都府立文化芸術会館などが徐々に広告を出すようになり、アルバイトで制作費を賄う彼を広告収入という形で支援した。彼は京都の演 劇人へのインタビューから京都独自の演劇文化をアーカイブすること、三田村・阪本の連載から関西演劇史を紐解き現在を相対化すること、対談の特集やピック アップ記事を通じて、「それでいいのか?」と問い直し続けること、を続けていく。時にはクロスレビューという演劇に点数をつける企画というエッジの利いた 試みも行い、賛否両論を生んだ。全ては独立した「京都演劇」の存在を示し、その文脈を形成するためだった。


第一回京都学生演劇祭を観て

 高 田は、第1回の京都学生演劇祭(以下、演劇祭)に、当初から強い期待を抱いていた。彼は、これからの主流は芸大出身者の手によって作られ、学生劇団あがり の劇団は淘汰されていくだろうと予想していたが、自身もまた学生劇団畑の人間であり、その潮流が途絶えることを望んではいなかったからである。
 そ のため「とまる。」誌上においても、沢と当時の実行委員長だった中岡(劇団月光斜)へのインタビューを掲載した。見出しは「十年後の京都演劇を見逃す な」。どんなことになっても10年は続けたいという沢の言葉に、これは学生が試される場であるだけでなく、京都の小劇場そのものが試される場だと直感し た。京都小劇場界の特殊事情として、少なくとも90年代から00年代まで、活動する劇団の多くが学生劇団を母体に発展してきたからである。学生劇団の 「今」を知ることは小劇場の未来を知ることだったのである。演劇祭では学生劇団の「今」を眺望することができる。
 当時の演劇祭は、学生演 劇における個人間、団体間の交流という横の軸と若手育成という縦の軸で動いていた。今年の演劇祭は、中間発表会や合同稽古など横の軸がより強く意識されて いるが、当時は縦の軸がより重視されていたようである。若手育成という縦の軸における沢の試みとして注目されるのは、柴幸男によるワークショップである。 2010年に岸田國士戯曲賞を受賞した彼の演劇は京都にはない作風で、この刺激を京都演劇界に与えたようとしたという点で画期的な試みであったという。
 だ が、高田は京都学生演劇祭の中でも、意識的・戦略的な劇形式を提示してみせた劇団紫の合田や劇団西一風の市川が賞に引っかからなかったことに違和感を覚え たことも事実である。「演劇なるもの」の先入観にとらわれず、「この方法/形式でしか喚起させられない感覚・思考をもたらす劇」の開発は明らかに才能であ るが、それが見過ごされている。怒りを覚え、沢にも審査員賞の必要性を訴えた。演劇祭が到達点になってはならないと彼は考えていた。彼が意識するのは、学 生劇団の「今」から見える小劇場の未来である。そこで彼はそれまで先輩に当たる演劇人へのインタビューを軸にしていた「とまる。」の巻頭インタビューで、 合田と市川の対談特集を組んだ。才能ある若手を紹介していく必要を感じたのである。同時に、勤務先だったアトリエ劇研の共催企画として、次世代育成を志向 するGEKKEN ALTENA ART SELECTIONを、当時のディレクターであった田辺に提案し、実現した。同企画のHPより、彼の言葉を引用しよう。

 「演 劇の、しかも小劇場の面白さとはなんでしょうか。僕はいつもそこのことを考えます。・・・・・・・アトリエ劇研のような小劇場で僕は何を見たいのか。新し さと可能性。いまの僕らの感性の殻をぶち破り世界に斬り込む新しい感性。それは単なるコンテンポラリー(現代)ではなく、時代の流行の外から現れる化物= オルタナティヴです」
 「2011年2月に開かれた京都学生演劇祭。ここでひとりだけ明らか違う質の作品を作った演出家がいました。西一風 の市川タロ。・・・・・・この小さな小劇場で感性の転覆を目論見たいと思ったのです。僕は見たい。時代の潮流とは関係なく、それでもなお自らの感性におい て世界を転覆させるオルタナティヴ=化物を。感性の新しい可能性へ向けて」

 高田は明らかに未来を斬り拓こうとしていた。演劇祭にもそれを求めていたのではないか。そして、それは今も求められていることではないか。演劇祭は到達点ではない。次世代を担う演劇人を見出すことが演劇祭に常に求められている。彼に取材する中でそう感じられた。



演劇祭の理念/未来について

 高 田は現状を把握した上で理念を形成すべきという。その現状というのは、ここ数年ではなく、10年・50年単位で見た今日の京都小劇場の有り様を指す。その 上で、今後10年の演劇をどう形づくっていくのかを議論しなければならない。その議論に多様な人達を巻き込んでいくプロセスを構築していくことこそ、何を 理念とするかよりも重要だと言う。
 彼が演劇祭を見ていたのは、第1回のみであるが、東京から見ていても、企画の面では少しずつ改善されつ つある印象があるという。演劇祭は、順調に前進しているのである。沢にこのようなプロデュースができるイメージはなかったと彼は言うが、今年で6回目を迎 え、2016年には第1回全国学生演劇祭にまで漕ぎ着けた。

「沢さんはド直球、ドまじめ」
「情熱、ちょー大事」

 イ ンタビューの間、高田は常に冷静沈着に小生の拙い問いかけに丁寧に応じてくれていた。ただ、この言葉からは高田自身の受けた強烈な衝撃が感じられた。取材 はしばしば脱線し、より広い視野で京都演劇界を捉えることができた。すべての内容を掲載したいところではあるが、小生の力不足から企画の主旨とそれを結び つけて語ることができず、別の機会に譲らざるを得ないことをお詫びしたい。

 理念設定に向けて、新たな課題が提出された。言われてみれば当然のことであるが演劇祭だけを見ていても、材料が不足しているのである。この企画ではひとまず演劇祭に焦点を当てている。いずれ彼が提出した課題にも挑戦できる日がやってくることを目指したい。

京都学生演劇祭企画スタッフ
劇団なかゆび主宰
神田真直


【高田斉】
立 命館大学在学中の08年「演劇から/で立ち止まり考える」をコンセプトに京都の演劇情報をまとめたフリーペーパー「とまる。」を創刊。09年からアトリエ 劇研制作室所属。同年より前田・築地とともに、tabula=rasaにて演出活動を展開。12年より座・高円寺付属の劇場創造アカデミーに入所し、14 年に修了。現在は〈渋革まろん〉に改名し、「無用なモノたちを祀る」ことをコンセプトに「トマソンの祀り」の開発・普及活動を展開中。


【参照URL】
http://fringe.jp/topics/casestudies/20090922-5.html
http://www.gekken.net/alterna/intro.html


<京都学生演劇祭2016より読者の皆様へ>
 今回のレビュー企画では、京都学生演劇祭に過去に参加した経験のある方のインタビューや寄稿を募集します。一人でも多くの方にご意見・お話をお伺いしたく、是非ともご協力をお願いいたします。
連絡先はこちら↓
Mail:kst.fes@gmail.com
タイトルに「レビュー企画(お名前)」と明記願います。

〈京都学生演劇祭2016 公演情報〉

8/31(水)~9/5(月)
@京都大学吉田寮食堂
1ブロックのチケット料金(前売)
学生:1200円 一般:1700円

ご予約はこちらへどうぞ↓
https://ticket.corich.jp/apply/75391/

詳しい情報はHPへどうぞ↓
http://kst-fes.jp/

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